PoC(Proof of Concept、概念実証)とは、新しいアイデアの実現可能性や課題を解決する効果について検証する取り組みです。
PoCという言葉自体は、近年よく耳にするようになりました。
しかし、PoCを効果的に実施してプロダクト開発を成功に導くためには、さまざまな知識と経験が必要です。本記事では、PoCを実施する場合に必ず押さえておきたい基本的な知識について解説します。
PoCとは?
PoCは概念実証とも呼ばれ、DXプロジェクトなど大規模な投資を伴うプロダクト開発の場面でアイデアの実現性や有効性を検証するプロセスを指します。
特に、ITシステム移行のように、プロダクトを構成する要素が複雑で机上の検討だけでは検証が不十分なケースや、ユーザーや協力企業など複数のステークホルダー間で理解を得て開発を進めなければならないケースなどで実施されることが増えています。
PoCでは、プロダクトの技術的な実現性を検証することも重要ですが、コストに見合ったリターンが得られるかどうかを検証し、プロダクトのビジネス上の意義を確認することも大切です。
小規模な予算でプロトタイプを制作して技術的・ビジネス的な有効性と課題を確認することにより、大規模な投資の前にプロダクト開発のリスクを見積もることが可能です。
PoCを実施するメリットとデメリット
新しいプロダクトを開発する際は、投資金額が大きく開発期間も長くなるため、PoCを実施することにより開発の早い段階で実現性や有効性を検証することが重要です。
PoCを実施するメリットには、以下のようなものがあります。
低予算でプロダクトの検証を行える
PoCを実施して開発するプロダクトの検証を行う場合、必要最小限の機能を有するプロトタイプをつくり、技術的な有効性やビジネスの実現性を確認する方法が一般的です。
これにより、いきなり大きな予算でプロダクト開発を進める場合と比較して軌道修正が容易なため、プロダクト開発で発生するリスクを小さくすることができます。
開発初期にユーザーの反応を確認できる
PoCでは、プロダクトのターゲットとなるユーザーにプロトタイプを使用してもらい、その反応を確認しながら検証を進めていきます。
開発初期にユーザーの反応を直接確認できるため、必要な機能と不要な機能を見分けることができ、さらにプロダクトのユーザビリティを向上させて、より良いプロダクトの開発につなげることが可能となります。
スムーズな意思決定を実現できる
企業内での新規事業の場合、プロダクト開発を進めるためには社内の承認が必要となりますが、開発するプロダクトの新規制が高い場合、決済者の納得を得るのは簡単ではありません。
そこで、PoCで得られた技術的な有効性や費用対効果を論理的に説明することにより、プロダクトの導入からビジネス成功までのストーリーが納得性の高いものとなり、投資のための意思決定がスムーズになります。
これらのメリットから、PoCを実施するとプロダクト開発の初期段階でプロダクト開発の有効性やビジネスの実現性を確認でき、プロダクト開発の成功確率を上げられることがお分かり頂けたと思います。
一方、PoCに関してはメリットだけではなくデメリットも存在するため注意が必要です。PoCのデメリットについては次のようなものがあります。
間違ったやり方で進めるとコストがかさむ
PoCの詳細内容はプロダクトによって変わりますが、検証ステップは大体決まっています。
しかし、それぞれのステップで実施する内容を十分に検討しないままPoCを実施してしまうと、検証結果から適切な学びを得られず、時間と費用が無駄になってしまいます。
その結果、小規模な予算で実施できるはずのPoCにかかるコストが膨れ上がる可能性があります。
関係者と共通の理解を得るための手間がかかる
PoCの目的と検証内容が関係者の間、例えば担当者とその上長や決済者との間で共有が不十分だと、それぞれの認識が異なってしまう場合があります。
関係者間で認識が異なると得られた結果に対する受け止め方も異なり、PoCをもう一度やり直すことになったり、検証結果に問題がない場合でも失敗と見なされてしまったりすることがあります。
よって、PoC実施前には関係者と認識を一致させて理解を得ておく必要があり、コミュニケーションに手間がかかります。
PoCを成功させるために知識と経験が必要
PoCの取り組みはよく聞くようになりましたが、決められた手順で進めれば成功するわけではありません。
担当者にPoCの知識や経験が不足していると、計画が遅延したり、PoCが目的化して正確な検証ができなくなってしまうことがあります。PoCを推進するためには、PoCに関する一般的な知識だけでなく、PoCプロジェクトを経験して必要なノウハウを身に付ける必要があります。
このようなデメリットがあるため、PoCを初めて実施する場合には専門的な知見を持ったコンサルタントや、PoCの経験を持つ開発会社に依頼することもおすすめです。
PoCを行うメリットとデメリットについて詳しく解説した記事が「PoCのメリットとデメリットを解説します」となります。詳細を知りたい方はぜひご覧になってみてください。
PoCが失敗する3つのパターン
PoCを実施することの重要性がわかっていても、その進め方を間違ってしまうとPoCが失敗し、プロダクトの開発が頓挫してしまう可能性があります。
PoCが失敗してしまうパターンとしては、次のようなものがあるため、あらかじめ確認しておきましょう。
検証内容が不明確なままスタートしてしまう
PoCで検証する内容を最初に決めてからスタートしないと、PoCの検証に用いるプロトタイプに盛り込むべき要件が定まらないため、検証をスムーズに進めることができません。
さらに、検証によって得られた結果がプロダクト開発を進める際の判断に役立たない可能性もありますので、PoCを実施する前に検証項目を明確にして、得られた結果をプロダクト開発にどのように反映すべきか判断できるようにしましょう。
関係者間での認識が共有できていない
PoCを実施する際には、ユーザーや自社の関係者とPoCの目的や検証内容を共有しておく必要があります。
ユーザーと認識が共有できていない場合、PoCを進めていく中で担当者が手応えを感じていてもユーザーは検証結果を不十分だと捉えて、PoC後のプロダクト開発や導入が進まないことがあるからです。
自社側の関係者の間でも、PoCの検証内容が共有できていないと得られた結果に対して的外れな判断をして、プロダクト開発に悪影響を及ぼす可能性があります。
PoCを行うことが目的化してしまう
PoCを進めていくうちに、PoC自体が目的化して失敗につながってしまうパターンもよくあります。
PoCはとにかく数をこなせばいいというものではなく、PoCによって得られた検証結果をプロダクト開発に適切にフィードバックする必要があります。
「PoCをする目的は何か」という視点を忘れると、PoCをこなすことが目的になり、肝心のプロダクト開発に必要な検証が不十分なままスケジュールを消化してしまうケースがあります。
PoCプロジェクトを失敗してしまう理由について詳しく解説した記事が「PoCが失敗する理由をよくあるパターン別に詳しく解説」となります。詳細を知りたい方はぜひご覧になってみてください。
PoCを進める4つのステップ
PoCの進め方は開発するプロダクトに関わらず、概ね以下の4ステップとなります。それぞれのステップでやるべきことを確認し、PoCを実施する上で必要な内容を把握しておきましょう。
目的の決定
まず最初に、PoCでどのような結果を得たいかを決めて関係者間で共有します。
プロダクト開発の初期段階で「ユーザーの課題を解決できるのか?」、「費用対効果は得られるのか?」を検証することにより、PoC後のプロダクト開発の方向性を判断できるため、できるだけ具体的な目標値を設定しておくようにします。
検証方法の決定
PoCの目的が定まったら、PoCで使用するプロトタイプに必要な機能とその検証方法を決めます。機能を決める上で大切なことは、PoCの目的達成のために必要最低限の機能に絞るということです。
時間や予算を節約するためにも、後から変更することが難しいようなクリティカルな機能の検証を優先し、複数の機能を検証しなければならない場合は、次回以降のPoCで検証するように計画しましょう。
実証
実証プロセスでは、PoCで使用するプロトタイプを制作し、それをユーザーが使用したときのデータを収集します。
プロトタイプを本番に近い環境で検証するために、なるべく現場で使用するユーザー本人に操作を依頼し、プロトタイプの有効性だけでなく使い勝手や印象も含めて確認するようにします。
PoCの目的として設定した内容を念頭に置き、検証項目に漏れがないことを確認しながら進めていきましょう。
結果の検証
実証ステップでデータが収集できたら、データを分析して検証を行います。
PoCの目的が達成できたか、収集しようと考えていたデータが得られたかを確認し、目的を達成できていた場合はPoCを完了してプロダクトの開発を進めていきます。
もし、PoCの目的を達成できないネガティブな結果となった場合には、原因を特定して対策を検討し、次回のPoCやプロダクト開発の内容に反映して対応します。
実際にPoCを進める場合に、実行ステップの具体的な内容と進めるときの注意点を解説した記事が「PoCの進め方や注意点は?」となります。詳細を知りたい方はぜひご覧になってみてください。
PoCで得られる成果物
PoCの検証結果をプロダクト開発に反映する際には、PoCで得られる成果物について理解し、PoCの検証結果をどのように判断するか考えておく必要があります。
PoCで得られる成果物については、次のようなものがあります。
プロダクトの要件定義書
一般的に、システム開発では業務内容を文書化した「要件定義書」を作成します。
PoCプロジェクトの場合、まずはプロダクトに搭載する機能のうち、必要最小限の機能をもつプロトタイプを用いて機能の実現性や有効性を検証するため、プロトタイプ制作段階では完成度の高い要件定義書はありません。
PoCを繰り返して機能を少しずつ検証することにより、プロダクトに盛り込む機能要件が明確になっていき、PoCの成果物として実現性や確実性の高い要件定義書を作ることが可能となります。
プロダクト開発の投資対効果
PoCでは、新しいアイデアの実現性や有効性を検証するための技術的な検証に主眼が置かれる傾向がありますが、実際には技術的な面だけではなく、プロダクトを開発した場合のビジネス面での実現性についても検証することができます。
PoCを実施する過程で、プロトタイプを用いたユーザー検証を通してプロダクト開発の投資対効果を検証することができるため、プロダクト開発を進めてよいかどうかが判断できるのです。
これまでに実施したPoCの成功・失敗事例
PoCは、実施する担当者および組織の経験や習熟の度合いによって、成功するかどうかが決まってしまう側面があります。
PoCの実施事例が組織内に蓄積されることで失敗パターンを避けられ、PoCの道筋がどんどん明確になるため、回を追うごとに効率的なPoCの実施が可能になっていきます。
もし失敗に終わったPoCプロジェクトがあった場合でも、その経験を組織で共有し、同じ失敗を繰り返さないように学習することが重要です。
PoCで得られる成果物について詳しく解説した記事が「PoCで得られる成果物について解説」となります。詳細を知りたい方はぜひご覧になってみてください。
PoCの評価指標
PoCでは、新しいアイデアをプロダクトとして成立させられるかどうかを確認する必要があり、これを技術面の評価と呼びます。
技術面の評価指標としては、以下のようなものがあります。
生産性
生産性は、あるシステムにおけるインプット(経営資源であるヒト・モノ・カネ)とアウトプット(成果である売上、販売数量など)の比率のことです。
どのような業務でも、より少ない経営資源でより大きな成果を生み出すことが求められるため、生産性が重要な指標となります。
信頼性
信頼性は、あるシステムにおけるエラーや故障が発生しづらいことを示す指標であり、システムが安定的に稼働して入れば信頼性が高くなります。
PoCでは、プロトタイプをユーザー環境で使用した際に、致命的なエラーが発生しないか、エラーを回避する仕組みが組み込まれているかを確認します。
ユーザビリティ
ユーザビリティは、ユーザーにとってプロダクトがどのくらい使いやすいかを示します。
操作が複雑でユーザーがなかなか使いこなせない、エラーの修復方法がわからないなど、使い勝手が悪いとユーザビリティが低下します。ユーザビリティの優れたプロダクトは幅広いユーザーに使用してもらえるため、ビジネス拡大につながる重要な指標です。
また、PoCでは技術面の評価以外にも、プロダクト開発を進めた場合にビジネスとして成り立つかどうかも評価する必要があります。
ビジネス面の評価指標としては、次のようなものがあります。
費用対効果
費用対効果は、何らかの施策に投入した費用に対して、どの程度の効果が得られたかを示す指標です。
一般的には、費用としては開発コストである材料費、人件費などがあり、効果としてはコスト削減効果、売上増加、利益率向上などがあります。
投資収益率
投資収益率は、何らかの施策への投資に対してどの程度の収益が得られたかを比率で示し、ROIとも呼ばれます。
費用対効果ではプロダクト開発の一時的な費用と効果を対象としますが、投資収益率ではプロダクト開発後の中長期的な収益を対象とします。
PoCの評価指標について詳しく解説した記事が「PoCの評価指標を技術・ビジネスの両面から解説」となります。詳細を知りたい方はぜひご覧になってみてください。
PoCのスケジュールの立て方
PoCを実施するためのスケジュールの立て方については、以下のステップで進めます。
PoCプロジェクトにあてられる期間を確認する
まず最初に、プロダクトの開発計画をもとにPoCプロジェクトの開始時期と終了時期を把握し、PoCにどれくらいの期間をあてられるか確認します。
プロダクトの開発計画がまだ確定していない場合は、PoC実施期間を仮の期間で設定した上でプロダクト開発計画のたたき台を作り、PoCスケジュールを調整していきましょう。
PoCプロジェクトの作業計画を立てる
PoCプロジェクトは一般的に、目的の決定、検証方法の決定、実証、結果の検証、というステップで進めます。ここでは、それぞれのステップで必要な作業をリストアップし、各作業の実行に必要な期間を見積ることによって作業計画を立てます。
PoCの目的と検証内容が決まれば、その検証を行うために必要なプロトタイプの機能が決まるため、その内容に応じて実証および検証に必要な期間を見積もります。
この段階で作業担当者を決めてタスクと期間を見積もってもらうと、スケジュールの精度を高められます。
PoCプロジェクトのスケジュールを組む
最後に、作業計画の内容と期間を書き出して、PoCにあてられる期間内に収まるか確認しながらPoCプロジェクトのスケジュールを組みます。
スケジュール管理のツールには、視覚的に作業計画を表現可能な「ガントチャート」を用いると、関係者が各作業の開始・終了のタイミングを確認でき、PoCプロジェクトのリアルタイムな進捗管理が可能となります。
PoCプロジェクトのスケジュールの組み方について詳しく解説した記事が「PoCプロジェクトのスケジュールの立て方について解説します」となります。詳細を知りたい方はぜひご覧になってみてください。
PoCにかかる費用と予算感
PoCを実施する場合、できるだけ小さい費用で検証を進めることが重要ですが、実際にどれくらいの予算を組めば実施できるのか、確認しておきましょう。
PoCは大きく分けて2つのフェーズで構成され、PoCの目的と検証方法を決める「計画フェーズ」と、プロトタイプ制作と実証および結果の検証を行う「実証フェーズ」があります。
計画フェーズではPoCの目的と検証方法を決め、実証フェーズではプロトタイプ制作と実証を行います。計画フェーズと実証フェーズの費用を合算したトータルでの予算は以下のようになります。
・全て自社で実施する場合:180〜400万円
・全て外注する場合:400〜840万円
PoCにかかる費用と予算について詳しく解説した記事が「PoCを実施する際の費用と予算感について解説します」となります。詳細を知りたい方はぜひご覧になってみてください。
PoCを実施した事例2選
ここまでPoCの基本的な知識について解説してきましたが、次に実際のPoC実施事例を見ていきましょう。
新しいプロダクトを開発するステップにPoCを組み込むことにより、プロダクト開発を成功に導いた事例には次のようなものがあります。
新規事業開発でPoCを実施した事例
2020年3月、JRの高輪ゲートウェイ駅構内に、日本初の無人コンビニがオープンしました。
JR東日本の新規事業として始まったこのプロジェクトでは、2018年にJR赤羽駅で2ヶ月間、AI無人決済システムのPoCを実施しました。このPoCでは、AI無人決済システムによる商品の認識精度や決済の実用性の検証を行いました。
その結果、システムの精度向上や無人コンビニの実用化に向けた課題を確認することができ、その後のサービス展開に結びつけることができました。
出典:https://ledge.ai/jr-poc-paltac-standardcognition/
https://www.businessinsider.jp/post-233125
システム移行でPoCを実施した事例
損保ジャパンでは、コンタクトセンターでの顧客対応を自動化するため、従来のオペレータに代わる対話型AIを導入しました。
このプロジェクトでは、AIのチューニングや学習がシステム導入の大きなポイントになるため、AIによる自動応対システムの実現性を確認する目的でPoCが3回に分けて実施されました。
顧客の電話を受けたAIは音声認識により顧客の氏名や被害状況をヒアリングする必要がありますが、PoCを複数回実施することによってテキスト変換の認識精度が向上し、基幹システムとの自動連携も実現しました。
出典:https://www.ntt.com/business/case-studies/application/ai/sompo-japan.html
まとめ
PoCは新しいアイデアを検証し、プロダクト開発を進めるために重要なプロセスです。
しかし、PoCはただ実施すればよいというものではありません。社内外の関係者を巻き込んで費用や時間を掛けて実施したのに、思うような成果が得られないというケースも散見されます。
本記事で解説した内容を参考にして、失敗しないPoCの進め方を理解し、プロダクト開発を成功に導いてください。
PoCの実施に向けて、計画書の作り方や契約面、コンサルや開発会社によるサポートなど、具体的な内容を知りたいという方は「PoCの応用知識」もご覧になり、より実践的な知識を身につけてください。
また、これから実際にPoCプロジェクトを実施されるという方は、PoC進め方をステップごとに全8回に分けて解説した「PoCのロードマップ」をご確認ください。
「まずはPoCついてざっくりと理解したい」という方には、当社で作成した「DXデジタルトランスフォーメーションを成功させるためのPoC(概念実証)進め方と実践の手引き」の資料がおすすめです。下記のリンクからダウンロードしてみてください。